成宮寛貴(なりみやひろき)さんがドラマ相棒を卒業したのはカミングアウトをしたからと噂されています。

生い立ちが壮絶でここまでかなり苦労をされています。

今回は成宮寛貴さんの生い立ちと相棒卒業の関係を見ていきます。

成宮寛貴の生い立ち

成宮寛貴さんは幼いころに両親が離婚しています。

母親に引き取られ母子家庭で育ちました。兄弟は弟が一人います。

その母親も病弱だったため、成宮寛貴さんが中学2年生のころに亡くなりました。

その後、祖母と弟と3人で暮らし始めます。

家庭に働き手がいないため金銭的に苦しかったようです。

高校進学をあきらめ引っ越しのアルバイトなどで生計を立てていました。

中学卒業前に家出をして行きついた先が新宿2丁目ゲイバーの住み込みアルバイトです。

ここでアルバイトをしているときに女優のかたせ梨乃さんと出会い芸能の道に進みました。

2000年の18歳のとき宮本亜門演出の舞台でデビュー。

当時住んでいた部屋は5畳しかありませんでしたが豪華なシャンデリアを飾りバスローブで外を歩いていたそうです。

新宿2丁目に3年近くいたことになりますが、そこで独特な感性が磨かれたと思われます。

成宮寛貴はカミングアウトして相棒を卒業?

ドラマの相棒に出演していた成宮寛貴さんですが番組を卒業したのは水谷豊さんが原因と見られています。

成宮寛貴さんが相棒に抜擢された当初は水谷豊さんもよく食事に連れて行っていました。

卒業する前あたりから水谷さんは成宮寛貴さんのことを無視するようになったようです。

その理由とは「成宮寛貴さんがゲイらしい」という話を聞きつけた水谷さんがクビにしたと見られています。

実際には新宿2丁目でアルバイトをしていただけで、今のところカミングアウトはしていません。

生い立ちからして苦労されているので礼儀正しい方でしょう。男前であり性格が悪い評判も聞きません。

ドラマ相棒の演技もとてもうまかったと思います。

クビになってしまったのは全くありもしない噂からだったようです。

まとめ

若くしてとても苦労をされていた成宮寛貴さんですがそのとき身に着いたスキルが今の芸能活動に役立っていると思います。

ゲイの方々は人前では元気で明るく気配りのできる印象があります。

見た目のかっこよさだけでなく、それらのいい部分を吸収できたからこそ活躍されているのでしょう。

成宮寛貴さんは弟さんを大学まで進学させたりと本当に家族を大事にされています。

家庭の事情で苦労されていますが、これからますますの活躍を期待しています!

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